底辺のおっさんブログ

こじらせた底辺にいるおっさんの闇吐露パーリー

他人を羨んだところで未来は何も変わらない

無いものねだりもいいとこで

人を見てると羨ましくなる

 

どいつもこいつも幸せそうに見えてくる

自虐ギャグでさえ

自分を不幸だなんて微塵も思ってないから出てくるんだろう

なんて考える

 

おっさんは不幸なのか

たまに自分に問いかけてみる

いつだって結論は出ない

自分が不幸か不幸じゃないかさえわからない

幸せではないんだろうとは思う

 

いや、生きて仕事があって

それなりにメシにはありつけている時点で

ある意味では幸せといってもいいのかもしれない

 

ただ、こんな幸せを望んでいるわけじゃない

チャラチャラおしゃれに流行に身を任せたいわけでもない

日焼けサロンに行って黒くなってサーフィンが趣味ですとか言いたいわけでもない

 

そう、欲しいかどうか問われたら

別にいらないんだけど

そういう人を見ていると羨ましくなる

 

訳隔てなく誰とでも気さくに話せる人

要領よくなんでもこなしている人

同性・異性問わず友達が沢山いる人

LINEの着信が沢山なる人

しょっちゅう誰かから電話がかかってくる人

家族がいる人

結婚してる人

洋服を沢山持ってる人

 

あげればきりがない

日本の、おっさんの行動範囲の目に映る全ての人が羨ましいって思う

バカ騒ぎしてる学生に対しても

ウルセーバカ!って思う反面

誰かとあんな風にバカ騒ぎできるってところが羨ましく思う

 

 

おっさんは鳥になりたい

めんどくさいルールもしがらみもない空を自由に飛ぶ鳥になりたい

翼をください」の歌を思い出して

あれ、結構闇ソングかな?なんて思ったりした

 

実際の鳥が自由だって思っているのかなんてわからない

鳥には鳥なりの悩みもあるのかもしれない

でもおっさんにはわからない

 

結局それと一緒

周りを見渡せばおっさんが羨む人間がごまんといる

それぞれ悩みも苦しみもあるに違いない

でもおっさんにはわからない

 

結局無いものねだり

羨ましいと思ってみても

それが欲しいっていう感情に結びつかない

 

感情が動かないからいつまでもおっさんは石ころのまま

どこかで冷めてしまってて

自分にはどうせ手に入らないものばかりだと

自分自身を見限っているようにも思う

 

変わりたいと

目標だなんて大言壮語を吐いてみても

目標に向かうプロセスなんか考えてもなかった

 

自分が見てて羨ましいなって思う「普通」の人

そこにある痛みも苦しみも

おっさんにはわからないとハナから思考停止してる

考えようともしてなかった

 

空を見て

鳥を見て

おっさんも鳥になりたいなって

言っているのとなんら変わらなかった

 

あぁ・・・・

このネチネチ考えるクセ

自己嫌悪だわ

 

ホント、鳥になって自由に飛んで行きたい

おっさんに翼をください

悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい

 

 

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